新名人の言葉が書かれた名人就位記念扇子は、毎年、名人に就位する際に本数限定で製作される貴重な一品。
史上7人目の名人本因坊の揮毫「妙楽」に、どんな思いが込められているのでしょうか。
史上7人目の名人本因坊 山下新名人の揮毫入り記念扇子
第36期囲碁名人戦七番勝負で初の名人位を獲得した山下敬吾さん。新名人の就位を記念して制作された記念扇子です。
数に限りがありますのでお早めにお求めください。
※囲碁名人戦とは
17世紀、江戸幕府が囲碁の第一人者に対する最高の称号として授けたのが囲碁の名人の始まり。1962年にプロ棋士が争うタイトル戦としてスタートしました(旧名人戦)。1976年から朝日新聞社などが主催する現在の名人戦となり、2011年9月から第36期囲碁名人戦七番勝負が行われました。
400人を超える日本の全棋士が予選トーナメントに参加し、勝ち抜いた9人の棋士が約9カ月かけて総当りのリーグ戦を行い、その優勝者が名人に挑戦する「七番勝負」に出場します。
七番勝負は、先に勝ち越した方(無勝負がなければ4勝)が名人となります。対局は、持ち時間が対局者それぞれ8時間、1局を2日間にわたって戦います。
商品仕様
- 【材質】
- 紙・竹
- 【長さ】
- 25.3cm
- 【広げたときの最大幅】
- 42.7cm
- ※タトウ紙つき
- ※揮毫は印刷です
第36期囲碁名人戦〜続いた難戦「思い切って」 囲碁名人戦、山下が初頂点〜
史上7人目の名人本因坊が誕生した。第36期囲碁名人戦七番勝負は、挑戦者の山下敬吾本因坊(33)の4勝2敗で幕を閉じた。井山裕太名人(22)との対決は両者が「力を出し切った」という好勝負。勝者の山下が「打っていて、分からない局面が多かった」と語る難解な戦いの連続だった。
■「最強手には最強手で」
「ほんとにうれしい。最近、名人戦以外は成績がよくなかったので、信じられない気持ちもあります」。10月28日、敗者の去った対局室で、新名人はゆっくりと今シリーズを振り返った。
井山との初の番勝負は9月1日に開幕した。「はっきり悪いという場面は少なかった」という第1局で好スタートを切った山下。その後は決して順調ではなかった。「第2局は悪くないと思っていたのが気づいたらどうにもならなくなっていた。敗着がわからず、不本意です。第3局も苦しく、形勢判断のミスもあった」。それでも相手に勝ち星で先行されることは一度もなく「精神的には楽でした」という。
シーソーゲームのように先番(黒番)が勝ってきたが、第4局で初めて白番で勝利を収め、タイトル奪取にあと1勝と迫った。「やっぱり3勝したので、多少、勝ち(名人位)を意識しました」
第5局は、優勢になってから相手の石に猛然と襲いかかり、攻めすぎて自滅する。自慢の剛腕が空振りした格好になったが、「安全に勝てるならばそうしたかった。でも、ちょっと進んだら安全に勝つ図もわからなくなってしまって……」。
第6局は「(あと1勝ということを)あまり考えないように」臨んだ。途中は形勢を悲観したが、大乱戦に持ち込み、186手目でコウを解消して優勢になった。「ちょっと(名人位が)ちらつきました。優勢になってから逆転というのもよくあるケースなので、気を抜かないようにしました」。コウの解消からおよそ1時間後、281手で終局し、名人位奪取を決めた。
6局すべてが、両者、一歩も引かない激闘だった。山下は「井山さんは以前対局したときよりも厳しい手、最強の手を打ってきた。だから常にこっちも最強の手で返さなければいけなかった」と語る。気持ちのうえでも強く踏み込むことができた。「防衛する立場の今年の本因坊戦とは違い、名人戦は挑戦者。そのぶん、思い切って打てたかとは思います」
棋聖4連覇や本因坊2連覇など、超一流として活躍する山下は33歳で初めて名人となった。「世界戦で活躍しなければいけないなと改めて思いますね。井山さんは最近、世界戦ですごく活躍されていたので、負けないようにがんばりたい。年内に世界戦が残っているので、まずはそこで少しでも結果を残したい。そして、名人になった以上は、もっと強くなりたい」
国内でも大棋士の勲章ともいえる記録が見え始めた。山下は「ちょっと先になりますけど」としたうえで、「大三冠」と「グランドスラム(七大タイトル制覇)」を目標に挙げた。名人、棋聖、本因坊を同時に保持する大三冠は、趙治勲二十五世本因坊だけが達成している。グランドスラムも趙と張栩棋聖だけ。山下が獲得していない七大タイトルは十段だけだ。
名人3連覇を逃した井山は十段の一冠に後退した。だが他棋戦では好調。挑戦中の天元戦五番勝負や、挑戦者決定戦に進んでいる棋聖戦で二冠復帰をめざす。(伊藤衆生)
(2011年11月1日 朝日新聞朝刊より)
山下敬吾名人
山下敬吾(やました・けいご)名人プロフィール
(記録は当時)
北海道旭川市出身。
元アマ名人の菊池康郎氏に師事。1993年、14歳で入段。
1998年から新人王戦4連覇。
2000年に碁聖、03年に棋聖を奪取。同年、名人挑戦権を獲得し、依田紀基名人に挑む。06年から棋聖4連覇。10年、本因坊を獲得して、「本因坊道吾(どうわ)」の号を名乗る。11年、本因坊初防衛。
七大タイトルではほかに天元、王座を各2期獲得している。日本棋院東京本院所属。
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